江戸初期、平田彦四郎(道仁)は朝鮮からの渡来人に七宝技術を学び、凹部に色付けしたと言われています。
この方が我々東京七宝の祖であり彼は徳川幕府のお抱え七宝師として名作を残しました。
左、刀の鍔は彼の名作として知られています。平田家は代々江戸に住んで明治初期までその技術は門外不出とされて来ました。
|
|
左図が旭日一等大受章です。この勲章が東京七宝の元祖という事になります。現在我々組合の七宝製作はこれをベースとして他方面に作品を供給しております。女性装身具、紳士装身具、カーマーク、ゴルフマーカー、校章、社章、その他其の用途は非常に多いといえます。 |
東京七宝のページへ |